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東京高等裁判所 昭和30年(う)3548号 判決

控訴人 原審検察官 山内繁雄

被告人 ピーツ・ソバラス 外一名

検察官 八木新治

主文

各原判決を破棄する。

被告人ピーツ・ソバラスを懲役六月及び罰金拾万円に処する。

被告人望月金三を懲役四月及び罰金五万円に処する。

被告人等において右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

但し被告人等に対し本裁判確定の日より各三年間右懲役刑の執行を猶予する。

押収に係るブルージルコン二百六十七個(昭和三十年押第一二二三号の一)は被告人両名より、外国製腕時計エニカ百七十個(昭和三十年押第一二二四号の一)は被告人ピーツ・ソバラスより各没収する。

原審の訴訟費用は全部被告人望月金三の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は東京地方検察庁検事正代理検事山内繁雄作成の控訴趣意書(二通)記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

各原判決が被告人等に対する物品税法違反の点を無罪とした理由は、物品税は関税と異り内国貨物に賦課するもので、外国貨物は本邦に到着した後関税を納付し輸入を許可されて始めて内国貨物となるのであり。輸入許可前は外国貨物であるから未だ物品税賦課の対象とならない。従つて物品税は関税を納付し輸入が許可され内国貨物となつた貨物を保税地域より引取る際課税され、その課税標準も到着価格に関税を加えた国内卸売価格に賦課される旨規定している。故に関税逋脱による不正輸入の場合も保税地域外における陸揚又は保税地域より保税地域外えの不正引取により輸入が完成し、外国貨物が内国消費地域に搬入されて始めて内国貨物として物品税の対象となる。本件時計及びブルージルコンは保税地域内である東京税関羽田税関支署旅具検査室で発見されたのであるから輸入が許可さるるや否や未定の外国貨物で物品税賦課の対象とならないから物品税逋脱犯の予備乃至未遂罪は成立する余地がないというのである。

しかし物品税法第一条及び同法施行規則第一条は物品名を掲げて物品税課税の対象としているだけで、課税物件につき外国貨物、内国貨物の区別はしていない。そして外国から物品を輸入する場合には、その物品に対し関税を課することは関税法第三条に定めるところであり、時計は物品税法第一条第二種戌類第五十号に、ブルージルコン(貴石)は同条第一種第一号に各規定する物品税課税品であるから、これを輸入する場合には、これに対し所定の関税が課せられる外所定の物品税が課せられることは当然である。只課税標準について物品税法第三条第一項但書には、保税地域より引取らるる物品にして引取人より税金を徴収するものについては引取の際における価格とすと規定してあり、同法施行規則第十二条には、保税地域より引取らるる第一種又は第二種の物品にして引取人より税金を徴収するものの価格は、関税定率法第四条の規定に準じて算出したる価格に当該物品に課せらるべき関税に相当する金額を加えたる金額によると規定してあるため、物品を輸入する際の物品税は関税を納付し輸入が許可され、その物品を保税地域より引取る際課税されるもので、関税賦課の後に物品税の賦課があつて、両者は別個の手続により時間的にも前後の関係があるような感があり、原判決もこの見地に立つて、物品税は関税を納付し輸入が許可され物品を保税地域より引取る際課税されるものであり、関税逋脱による不正輸入の場合も保税地域外における陸揚又は保税地域内より保税地域外えの不正引取により輸入が完成し、外国貨物が内国消費地域に搬入されて始めて物品税の対象となると説明しているのである。仍て先ず関税及び物品税課税の手続について考えて見ると、関税については、物品を輸入しようとする者は輸入申告書を税関に提出し(関税法第六十七条同法施行規則第五十九条)税関はこれを審査して課税価格を決定告知し申告者よりこれを徴収した後輸入の許可をし、(関税法第四条、関税定率法第四条、関税法第八条、同施行令第三条、第四条、関税法第六条、同法第七十二条)一方物品税については、引取人が物品税品引取申告書を税関に提出し(物品税法第八条第二項、同法施行規則第十七条第三十九条)その徴収は税関が関税を徴収するとき関税法施行令第三条及び第四条に準じ同時に徴収することになるのである(明治三十八年勅令第五十六号税関ニ於ケル内国税賦課徴収ニ関スル件、明治四十四年法律第四十五号酒税等ノ徴収ニ関スル法律第三条、明治四十四年勅令第百八十六号酒税等ノ徴収ニ関スル件第二条-但し以上の三件は昭和三十年七月一日以降は昭和三十年法律第三十七号輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律及び昭和三十年政令第百号輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律施行令の各施行により廃止された)而して記録によると本件犯行当時東京羽田空港は保税地域に指定されてはいなかつたが事実上保税地域と看做して輸入品に対する関税及び物品税の賦課徴収に関する事務を行つて居り外国より来航せる旅客は税関職員の案内及び説明に従つて、自己の携帯品の申告を一通の「入出国者携帯物件申告書」によつてなし、税関職員が右申告書の記載内容と現物とを対照して関税及び物品税の額を決定告知し、これを納付させた後輸入を許可し輸入品の引渡をなすこととなつていて、輸入申告と物品税品引取申告とは別個になすものではなく、輸入許可前に同一手続によつてなされ、また関税及び物品税の賦課徴収も同一の手続によつて同時になされるものであることが明らかである。このことは前記法令の趣旨にも合致し、手続の煩雑を避け事務の能率を上げ得るばかりでなく、旅客の便宜を図ることともなつて最も合理的な措置ということができる。若し原判決の如く保税地域を経由してなす不正輸入の場合には保税地域内より保税地域外えの引取により輸入が完成し、外国貨物が同国消費地域に搬入され内国貨物とならなければ物品税を課することができないとすれば、保税地域内で不正輸入であることを発見しながら、物品税を課することも犯則事件の取締をすることもできない結果となり、輸入品に対する物品税課税の目的は達せられないこととなる。のみならず正規の通関手続を経て物品を輸入する者は前記の如く関税と同時に物品税を納付した上輸入の許可を受けて物品の引渡を受けているのに、不正輸入をする者は保税地域外に搬入されるまでは物品税を納付する義務がないという結果になり到着首肯し難い。要するに原判決は物品税法施行規則第十二条の文理に拘泥した結果、物品税法第三条第一項但書の「引取の際」の意義を(物品税法第十条第一項但書においては物品税の納期について同一文言を使用している)引取の後と同意義に誤解したものである。尚原判決はその解釈の根拠として物品税法第十条第四項を挙げているが、これは関税法第七十三条第一項の規定により保税地域より引取る物品に対する物品税に関する規定であり、関税法第七十三条第一項は、外国貨物を輸入申告の後輸入の許可前に、関税額に相当する担保を提供して税関長の承認を受けて引取る場合の規定で、関税は後日輸入の許可がある際納付すればよいことになるから、従つて物品税もこれに相当する担保を提供しておけば、後日輸入の許可があつた際納付すればよいという趣旨で、輸入許可前に貨物の引取を認める例外の場合の規定であるから、これを根拠として通常の場合の輸入品に対する物品税賦課の時期を論ずるのは正当でない。(物品税法第十条第四項は、昭和三十年七月一日以降は前記輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律の施行により、同法附則において削除した)以上の如く保税地域を経由して物品を輸入する場合の物品税は、保税地域より引取る際に課せられるのであつて、関税を納付し輸入が許可された後であることを条件とするものではない。そしてこのことは正規の通関手続を経て輸入する場合であると否とを問わないのである。故に原判決が本件外国産ブルージルコンは保税地域内である羽田税関支署旅具検査室で発見されたのであるから、輸入が許可さるるや否や未定の外国貨物で物品税の対象とはならないとしたのは法令の解釈を誤つたものといわなければならない。

而して物品税法第十八条はその第一項第二号において「詐偽その他不正の行為を以て物品税を逋脱し又はその逋脱を図りたる者」を処罰する旨規定しており、「その逋脱を図り」とは犯罪の実行行為に着手しこれを遂げなかつた場合即ち未遂の場合は勿論、犯罪の実行行為の着手には到らないが、犯罪の実行行為に接着近接した段階に到つた場合をも包含するものと解すべきところ各原判決の挙示した証拠によれば被告人両名は共謀の上、外国産の貴石であるブルージルコンを税関の許可を受けないで輸入し、該物品に対する関税及び物品税を逋脱せんことを企て、また被告人ピーツ・ソバラスは単独で税関の許可を受けないで外国製腕時計を輸入し、該物品に対する関税及び物品税を逋脱せんことを企て、昭和三十年六月七日被告人ピーツ・ソバラスにおいて、泰国バンコツク市より外国製腕時計及び外国産の貴石であるブルージルコンを携帯の上、タイ国航空会社(TAC)所属の航空機に搭乗し、同月九日午後七時三十分頃東京国際空港に到着し、自己の着衣及び携帯鞄内等にこれを隠匿して所定の申告及び納税等の通関手続を経ないで、不正の行為を以て本邦内に搬入しようとしたが、同空港内東京税関羽田税関支署旅具検査室において税関職員に発見され、その目的を遂げなかつた事実を認めることができるから、被告人等の所為は不正の行為により関税を免れようとしてその犯罪の実行に着手しこれを遂げなかつた外、不正の行為を以て物品税の逋脱を図つたものというべきである。然るに各原判決は冒頭掲記の如く保税地域内より保税地域外えの不正引取により輸入が完成し、外国貨物が内国消費地域に搬入され内国貨物となつて始めて物品税の対象となり、それ以前は物品税の対象とならないものとして物品税法違反の点を無罪としたのは法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はいずれも破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により各原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に次のように判決する。

罪となるべき事実

被告人両名は共謀の上、税関の許可を受けないで不正の行為により外国産貴石を輸入し該物品に対する関税及び物品税を逋脱せんことを企て、また被告人ピーツ・ソバラスは単独で税関の許可を受けないで不正の行為により外国製腕時計を輸入し、該物品に対する関税及び物品税を逋脱せんことを企て、昭和三十年六月七日被告人ピーツソバラスにおいて、泰国バンコツク市より外国製腕時計百七十個(関税額十三万二千八百四十円、物品税額五万七千五百六十円)及び外国産貴石であるブルージルコン二百六十七個(関税額四万五千五百七十円、物品税額十万二百六十円)を携帯の上、泰国航空会社(TAC)所属の航空機に搭乗し、同月九日午後七時三十分頃東京羽田所在東京国際空港に到着し、自己の着衣及び携帯鞄内等にこれを隠匿し、所定の申告及び納税等の通関手続を経ずにこれを本邦内に搬入しようとしたが、同空港内東京税関羽田税関支署旅具検査室において、税関職員に発見され以て被告人ピーツ・ソバラスは外国製腕時計及びブルージルコンに対する関税十七万八千四百十円及び物品税十五万七千八百二十円逋脱の、被告人望月は右ブルージルコンに対する関税四万五千五百七十円及び物品税十万二百六十円逋脱の目的を遂げなかつたものである。

右事実を認定した証拠は、当審証人金子太郎及び同堀敏夫の証言を附加する外被告人ピーツ・ソバラス及び被告人望月金三に対する各原判決の挙示した証拠と同一であるからいずれもこれを引用する。法律に照すと被告人等の所為中関税法違反の点は包括して関税法第百十条第二項第一項罰金等臨時措置法第二条に、物品税法違反の点は包括して物品税法第十八条第一項第二号罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、外国産ブルージルコンに対する関税法違反及び物品税法違反の点は被告人両名の共謀に係るものであるから刑法第六十条を適用する。而して以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段第十条により被告人ピーツ・ソバラスについては犯情重い関税法違反の罪の刑に、被告人望月金三については犯情重い物品税法違反罪の刑にそれぞれ従い、なお被告人等に対しては懲役及び罰金を併科することとし、その所定刑期及び罰金額の範囲内で被告人ピーツ・ソバラスを懲役六月及び罰金十万円に、被告人望月金三を懲役四月及び罰金五万円に各処し、被告人等が右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、同法第二十五条第一項により被告人両名に対し本裁判確定の日より各三年間右懲役刑の執行を猶予する。押収に係る外国製腕時計エニカ百七十個は本件関税法違反の犯罪に係るもので被告人ピーツ・ソバラスの所有であり、外国産ブルージルコン二百六十七個は本件関税法違反の犯罪に係るもので被告人望月金三の所有であつて、いずれも関税法第百十八条第一項但書の場合に該当しないから同条第一項本文に従いこれを没収し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部被告人望月金三をして負担せしめる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

検察官の控訴趣意

原判決は、被告人が昭和三十年六月九日腕時計につき単独、貴石ブルージルコンにつき望月金三と共謀の上東京国際空港で右物件を自己の着衣携帯鞄等に隠匿し所定の通関手続を経ずに本邦内に搬入しようとしたが右空港内旅具検査室で税関職員に発見されて右物件の関税合計十七万八千四百円の逋脱の未遂に終つた事実を認定しながら検察官が物品税法違反について公訴を提起した点については無罪とし、その理由として「関税は外国貨物に、物品税は内国貨物に賦課され、関税を納付し輸入を許可される前は外国貨物で物品税の対象とならず、物品税法は関税納付、輸入許可によつて内国貨物を保税地域より引取る際課税されるものと規定している故に関税逋脱による不正輸入の場合にも輸入が既遂となり外国貨物が内国消費地域に移つて始めて物品税の対象となるべきものと解するところ、本件物件は保税地域たる旅具検査室で発見された為、輸入されるか否か未定の外国貨物で物品税の対象として物品税法第十八条第一項第二号の犯罪が成立する余地がない」と判示しているのであるが、右は次の理由により法令の解釈適用に誤があつてその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄さるべきものと思料せられる。以下その理由を開陳する。

(一) 原判決は先ず物品税の対象となる貨物を関税法上に所謂内国貨物とし、次いで物品税法の課税に関する規定を説き更に之を基にして不正輸入の場合も輸入が既遂にならざれば物品税の対象とならざる旨判示するので右に従つて判示の正当なりや否やを考察する。

(二) 原判決は物品税の対象を内国貨物とするのであるが、それは関税法第二条の用語を借り来り関税は外国貨物に対し、物品税は内国貨物に対してのみ賦課されると云うのであり、外国貨物につき関税法上「外国から本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの」と規定されているが故に(関税法第二条第三号)関税納付、輸入許可前の外国貨物は物品税の対象とならざる旨判示するのである。(尚原判決は後段に於て本件物件は輸入さるるや否や未定の外国の貨物で云々と判示しているが輸入されるか否か未定の貨物であれば関税法の対象にもならぬものであり然りとすれば本件につき関税法違反を認めた趣旨に反するので、この点の判示は輸入許可が為されるか否かが未定なるの意味に解する)。然しながら関税法上の用語を以て直ちにこれを内国税を規定する物品税法の解釈に適用することは妥当を欠くものであり物品税は関税と異る存在理由、法益が存するのでその法の規定するところに従つて犯罪の成否、着手時期を定めるべきものと解する。すなわち特に法律用語につき他の法令の用語を用いる場合にはその旨を規定しているのが立法の通例であり例えば物品税法に於て関税法上用いられる「保税地域」なる語を使用しているが之についてはその第二十三条に於て「関税法ニ定メルモノヲ謂フ」と規定しているのであるけれども(その他酒税法第三条第十三号、揮発油税法第二条第二項等参照)物品税法には外国貨物、内国貨物なる用語はなく、その第一条、物品税法施行規則第一条も、その区別をせず、物品名を挙げて課税の対象としているのであるから実定法上の根拠なきに拘らず物品税の対象を内国貨物に限ると速断することは誤りと云わなければならない。更に輸入許可が関税納付後にされることは規定上明らかであり(関税法第七十二条)本件の如き場合関税は関税法第六十七条同施行令第五十九条により申告書を税関に提出し税関ではこの書類によつて課税価格を決定して(関税法第四条、関税定率法第四条)告知し(関税法第八条同施行令第三条、第四条)申告者より徴収する(関税法第六条)と規定し、一方物品税については物品税法第八条第二項同施行規則第十七条、第三十九条によつて引取人たる乗客が税関に物品税品引取申告を為し、徴収は明治三十八年勅令第五十六号(税関ニ於ケル内国税賦課徴収ニ関スル件)関税法施行令第三条、第四条により税関職員が行い、尚物品税は関税定率法第四条規定の課税価格に関税相当額を加えた上賦課される(物品税法施行規則第十二条)と規定されているが故に関税賦課の後に物品税賦課があり両者は別個手続、時間的先後のある如き感があつて原判決も関税納付後相当の時間的間隔の後に物品税が賦課される如く判示しているのである。然し「酒税等ノ徴収ニ関スル法律」第三条、「酒税等ノ徴収ニ関スル勅令」第二条によれば酒税等((昭和三十年七月一日以後は「輸入物品に対する内国消費税の徴収等に関する法律」が施行されると共に上記法令は廃止され、内国消費税と称するに至つたが))は「関税ヲ徴収スルトキ税関之ヲ徴収ス」とあり即ち、関税と物品税は輸入許可前、同一機会の同一手続で賦課徴収されるのであつて輸入許可が物品税、賦課徴収の要件となつているものではない。尚物品税額は前述の如く規定上関税額が決定されざれば確定出来ないが、物品税対象物件と関税対象物件とが異つているにせよ、およそ物を輸入しようとする時には輸入申告を必要とするので物品税対象物件すべてが共に申告される上、税率は両者共法定されている故直ちに税額の決定、告知が為され得るのである。因みに物品税法第十条第四項(之は右輸入物品に対する内国消費税の徴収等に関する法律附則第六項により削除され前述施行期日以後は物品税法第十条第一項が適用されるので問題はないが)は「輸入ノ許可ヲ受ケタル際物品税ヲ納付スベシ」と規定していて恰も輸入許可が物品税賦課、徴収の条件であるかのように定めたようにも解せられるが右規定は右第十条全体の趣旨より判明する如く物品税の納期を定めたものに過ぎず輸入許可があつて始めて物品税の賦課徴収が出来る旨を規定したものではない。従つてこの点からも輸入許可後の貨物即ち内国貨物のみが物品税の対象であるとする原審の解釈は明らかに誤りと云うべきである。

(三) 次に原判決は物品税法の規定につき「関税を納付し輸入が許可され内国貨物となつた貨物を保税地域より引取る際課税される」と解するのであるが、物品税の賦課徴収が輸入許可を条件とするものでなく従つて関税法に所謂内国貨物になつた事に関せざる点については前段説述の通りであるから原判決の解釈の誤なることは論を俟たない。又物品税法は「引取ラルル物品」なる語を冠して第三条、同規則第十二条に於て課税標準額を引取の際の価格となす旨、第四条に於て納税義務者は引取人なる旨、第十条に於て遅くも納期を物品引取時となす旨、それぞれ規定しているが、冠せられた「引取ラルル物品」なる法律用語は関税法に所謂輸入貨物(同法第三条、第四条等)が輸入さるべき貨物と解すべきと同様、将来引取られる物品の意を有するものと解すべく更に又このことは同法が現実に引取行為のある前に引取られる物品として物品税法の対象となることを予想しているものと解せられる(尚物品税法施行規則第二十条ノ二は現実に物品引取以前に納税あることを予想した規定である)ばかりでなく現に引取行為の前に申告等物品税徴収に必要なる手続の為される事は叙上の如くであるから原判決は課税時期に関する物品税法の規定の解釈を誤つたものと謂うべきである。

(四) 次に正規輸入の場合に於て物品税の賦課徴収が輸入許可を要件としないと解すれば関税逋脱行為による不正輸入の場合も同様で物品税の対象たるには輸入の既遂たることを要しないのであつて原判決が輸入既遂にならなければ物品税の対象となり得ないと判断したのはその前提解釈を誤つた結果の謬論と謂わなければならない。更に又物品税法第十八条第一項第二号後段の「逋脱ヲ図リタル者」とは未遂に接着せる予備及び未遂罪をいうのであるが、(昭和二十三年八月五日最高裁判所第一小法廷、昭和二十五年七月二十八日最高裁判所第二小法廷判決)およそかかる予備乃至未遂罪が定められているのは、行為の既遂をまつまでもなく結果発生の危険性ある行為に着手すれば、これを以つて処罰の対象とせんがためである。すなわち本件の如き場合に在つては本件行為が物品税逋脱なる危険性ある結果を発生せしむべきものであるか否かを独立して判断すべきものであつて輸入の既遂ありや否やには直接関係なきものである。ここに於て物品税法が外国より搬入される物品と国内のみを流通する物品とを区別せず、その第十八条第二項後段に「詐偽其ノ他不正ノ行為ヲ以テ物品税ノ逋脱ヲ図リタル者」を処罰する旨規定し物品税逋脱の未遂乃至予備を設けた法意を十分に理解し得るのである。若し原判決の如く解せんか、外国よりの搬入物件については物品税のみならず同種規定の存する酒税法(第五十五条第一項第一号)砂糖消費税法(第十三条第四号)、骨牌税法(第十五条の二第一項第三号)に於ける処罰の趣意が没却されることになるのであつてその不当なることは言うまでもないことである。

(五) 果して然らば物品税の対象は何か、又物品税逋脱犯の着手時期は何時であろうか、思うに物品税等の内国消費税は内国経済圏の流通過程にある物品等に対し国家の徴税権の発動により課せられるものなるが故にその対象は内国経済圏の流通に置かれる物でありその違反については内国経済圏の流通に置こうとする行為の開始の時を以て着手の時期と解するのが相当である。本件の如き場合に於ては物品引取の前に物品税額の決定がありそれは関税額の決定に引続き且つそれを基にして定められ(物品税法施行規則第十二条及叙上(二)参照)、又之は輸入申告を前提として為される(関税法第四条、関税定率法第四条)のであるから輸入申告書提出の時が当該物件を内国経済圏の流通に置こうとする行為の開始時であり之を着手の時期と解するのが相当である。尚既遂時期については本件の如き不正手段による無申告の場合は当該物件を隠匿携帯したまま輸入品検査の為された場所を立去つた際であり、若し過少等の虚偽申告の行われた場合にあつては誤れる申告により誤れる物品税額の確定された時である。又保税地域外への陸揚による不正輸入に於ては陸揚完了と共に既遂に達し(関税法違反の既遂時と同時であるが)、未遂予備についても関税法違反の場合と同時期になると解する(昭和二十九年十一月二十五日東京高等裁判所第七刑事部判決同旨)。

(六) 飜つて本件につき考えるに本件外国産腕時計が物品税法第一条第二種戌類第五十号、外国産貴石ブルージルコンが同条第一種第一号に規定された物品税課税品たることは領置取調べられた物件の存在、東京税関長の告発書、伊藤信治作成の犯則物件鑑定表等より明らかであり又本件行為が東京税関羽田支署旅具検査室に於て税関職員によつて発見されたことは被告人ピーツ・ソバラスに対する現行犯人逮捕手続書、被告人に対する大蔵事務官の質問調書、司法警察員、検察官の各供述調書によつて明らかである。(尚原判決は右旅具検査室を当然保税地域であるとして認めているが旧関税法第二十九条の三第一項現行関税法第三十七条第一項に基き指定保税地域を指定した大蔵省告示全部によるも東京国際空港内の土地建築物、施設を保税地域と指定したものはなく従つて右旅具検査室は保税地域ではないので外国為替および外国貿易管理法、たばこ専売法の如く保税地域の観念なきもの同様に解すれば本件行為は空港到着と同時に保税地域外に於ける陸揚となるものであり、原判決の趣旨に於ても物品税逋脱未遂罪の成立を認め得るものの如くであるが事実上右室を保税地域と同様に扱つているのでこの点の論議は暫く措くとする。)又本件行為が所謂逋脱犯に言う「逋脱ヲ図リタルモノ」に該当することは昭和二十五年七月二十八日最高裁判所第二小法廷、昭和二十三年八月五日最高裁判所第一小法廷、前記昭和二十九年十一月二十五日東京高等裁判所判決の趣旨に照し明らかである。

(七) 右の理由により本件行為が物品税法第十八条第一項第二号後段に該当することは明らかであるに拘らず原審が右犯罪の成立する余地なしとして本件を無罪としたのは法令の解釈適用を誤つたものでありその誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから刑事訴訟法第三百八十条、第三百九十七条により原判決の破棄を求める次第である。

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